当院の4階フロアにある特殊疾患病棟は、遷延性意識障害の患者さんを対象とした病棟です。画像は脳疾患で昏睡状態となった男性の眼、歯牙、耳です。この患者さんは、長期に入院が続いており、筆者は、当院で3代目の主治医です。眼からは澄んだ涙が出て、眼が潤っています。それだけでなく、時に大粒の涙を流して、内部の情動を垣間見せてくれます。患者さんは、広範に脳を損傷されているので、見るという意識経験をしているかどうかは定かではないのですが、眼は情動を発露するという大切な機能を果たしています。ある懇親会の席で眼科のドクターと同じテーブルになったので、この現象をお話ししたところ、眼科医としてこれまで気に留めなかったけれども、眼の重要な機能に気付かされました、というコメントをいただきました。

 この涙を流せる眼を護ってきたのは、病棟の看護・介護スタッフです。彼女ら・彼らは、頻繁に眼脂(目ヤニ)を除去して眼の清潔を保ってきました。それのみならず、患者さんの歯は輝いており、脂性な患者さんなのですが、耳垢が溜まっていません。それらは必要性を越えた水準の仕事です。実に恐るべき看護ケアが実践されていたのでした。

 

 眼と鼻咽腔・口腔と耳は、解剖学的に細い管でつながっています。それらの管は、不潔や感染で容易に詰まってしまい、様々なトラブルを起こし、眼、耳、鼻、口腔の機能を損ないます。加えて、眼、耳、鼻、口腔は、病原体の進入口です。看護ケアによって眼、耳、鼻、口腔のトラブルが予防されたのみならず、臓器感染症に至る多くの機会が水際で防がれてきたのは、疑う余地がありません。この患者さんは経鼻経管栄養を必要とし、鼻咽腔に常に異物があるにもかかわらずです。気道、栄養ルート、排泄、皮膚の看護ケアは言うまでもありませんから、彼女ら・彼らは、まさに、主治医が知らないところで、「頭の先からつま先まで」を合い言葉に、全身を隅々までケアをして、患者さんの命を護ってくれていたのでした。そんな彼女ら・彼らのことを想うと、泣けてきました。
 なぜそのような恐るべき実践ができたのでしょうか。彼女ら・彼らに並外れた特別な「博愛・献身の精神」があったからでしょうか?実はどうも看護ケアには「中毒性」があるようなのです。一度磨き上げ、清潔にすると、ちょっとした汚れも気になるのだとか。だから、きれいにすることが「クセ」になってしまい、しだいにエスカレートするようです。案外、「博愛・献身の精神」とは、このようにしてクセになってしまった仕事に、後付けされた説明に過ぎないのかもしれません。看護ケアには、世俗の意味や価値を超えて、それ自体に人を突き動かす「魔力」があるようです。それは、当院の特殊疾患病棟のスタッフにとってだけでなく、他のどのような看護ケアの実践の場にも言えることです。
 若き人達へ。達人や匠やプロフェッショナルと言われる人達の仕事は、世間一般に言う立派なことを選んでしてきたんじゃなくて、案外、クセになってしまっことから始まることが少なくないようです。まずは、やってみることです。
 最後に、画像の掲載をご許可いただきましたご家族に感謝申し上げます。